少林寺拳法とは

少林寺拳法は1947(昭和22)年、日本において宗道臣が創始した ”人づくりの行” です。

 

 自分の身体と心を養いながら、他人とともに助け合い、幸せに生きることを説く「教え」と、自身の成長を実感し、パートナーとともに上達を楽しむ「技法」、そして、その教えと技法を遊離させず、相乗的なスパイラルとして機能させる「教育システム」が一体となっています。人間は生まれながらに、どのようにも成長してゆける可能性を秘めています。少林寺拳法は、その可能性を信じて自分を高め続けられる人、周囲の人々と協力して物心両面にわたって豊かな社会を築くために行動できる人を育てます。

 

少林寺拳法創始者・宗道臣の経歴

1911(明治44)年2月、岡山県作東町(現美作市)生まれ。

17歳のとき、中国に渡り、大陸を駆け巡る。その間、縁あって嵩山少林寺の流れを汲む文太宗老師の知遇を得てその門に入り、各種の拳技を修得する。中国東北(満州)の地で敗戦を迎え、ソ連軍政下で1年を過ごす。敗戦直後の極限状況下で、人間の赤裸々な行動を目の当たりにし、法律も軍事も政治のあり方も、リーダーとなる「人の質」にあることを確信する。そして、真の平和を達成するためには、慈悲心と勇気と正義感の強い人間を育てる以外にないと決心する。

 

1947(昭和22)年10月、香川県多度津町において力愛不二の教えと自己確立・自他共楽を旨とする技法を中心とした、社会に役立つ人づくりの教育システムを考案して、拳禅一如の「少林寺拳法」を創始、少林寺拳法師家となる。

 

1980(昭和55)年5月、逝去

少林寺拳法の創始の動機と目的

少林寺拳法の創始者である宗道臣は、戦後の混乱のさなか、自身の体験から、リーダーの質によって、集団や社会の方向性が大きく変わるという真理を悟りました。そして、リーダーシップとは、自信と勇気と正義感、行動力に根ざすものであると定義付けました。

 

人が平和で豊かに生きてゆくために、正しいリーダーシップを発揮できる人間を一人でも多く育てようという ”人づくりの行” の志を抱いた宗道臣は、敗戦直後の混乱で自己を見失いそうな若者たちに、人として豊かに生きるべき道を説くとともに、身体を鍛え自信を得るのに有効な技法を教え始めました。修練の中で、道を説いて誇りや信念を引き出し、人が生まれながらに持つ成長の可能性を実感させ、自信と勇気と行動力を併せ持つ、社会に役立つ人を育てようと創始したのです。

少林寺拳法の修行

少林寺拳法は、金剛禅総本山少林寺に伝承する三徳(護身練胆・精神修養・健康増進)を兼ね備えた「宗門の行」です。

 

金剛禅とは自己変革の道であり、以下の修行法を通じて身心共によりよい自分を目指します。

  • 身心一如(身体と心の調和を目指す)
  • 易筋行(少林寺拳法の修練で身心を改善する)
  • 鎮魂行(人の在り方や心構えを唱和し心を修める)
  • 日常への応用(道院で学んだことを日常に活かす) 

これらのうち、技法の修行法である易筋行(少林寺拳法)には6つの特徴があります。

  • 拳禅一如
  • 力愛不二
  • 守主攻従
  • 不殺活人
  • 剛柔一体
  • 組手主体

また、道場での心得として以下を行動指針としています。

  • 脚下照顧
  • 合掌礼
  • 作務
  • 服装
  • 態度
  • 言葉遣い

少林寺拳法の道院ではこれらの方針に沿って修行を行います。

 

修練体系と技法

少林寺拳法の修練には「基本・法形・乱捕・演武」の種類があります。

 

「基本」で突き、蹴り、受け、構え、立ち方、足捌き、体捌き等、技法の基礎を学び、「法形」の相対での稽古を通じて攻撃への対処方法を学びます。さらに「乱捕」で法形の運用方法を学びます。

「演武」では攻者と守者が剛柔の技を組み合わせ連絡変化に創意を加えて演練します。

 

少林寺拳法の技法には「剛法」「柔法」「整法」の三法があります。

 

護身の技として守りから入ることを基本とし、突き蹴りへの対処法である「剛法」、つかまれた時などの抜き技・固め・投げ技による対処法である「柔法」を学びます。「整法」ではお互いの身体をいたわる術を学びます。

 

少林寺拳法には「三鼎(てい)・三法・二十五系」と呼ばれる六百数十の技があり、 多彩な技法を段階的かつ安全に稽古することで無理なく永続できる修練体系となっています。

 

 

宗門の行としての少林寺拳法(技法紹介)

少林寺拳法 - Wikipedia